双極




部活が終わり、帰ろうとする神尾に伊武は声をかけた。

「ねぇ、アキラ。駅前に新しいCDショップ出来たみたいだけど、行かない?」

CDショップと聞いて、神尾は飛びつく。

しかも新しいときたものだ。

「マジで、行く、行く。行こうぜ、深司」

神尾は即答し、伊武を早く行こうぜ。と逆に急かす。

したく終わった2人は揃って、部室を出ると、部長の橘と入れ違いになる。

「橘さん、お先に失礼します」

「あぁ、お疲れさん」

そんな挨拶を交わすと、神尾はサッサと先に進む。

伊武は橘にさらに声をかける。

「橘さん、今日はアキラと一緒にいるんで・・・」

「約束だからな。楽しんでこいよ、深司」

橘は伊武の肩をポンと叩くと、部室に入っていく。

遠くで神尾が早く来いよ。とまたもや急かす。

伊武はわかったよ。と声をかけるが声が小さいのか聞こえるはずもない。


駅に向かう途中、コンビニで飲み物を買い、喉を潤す。

「なぁ、深司。俺一昨日も駅に来たけど、CDショップなかったぜ」

そろそろ駅前というところで神尾はそう言った。

「こっちだよ、アキラ」

駅手前の路地裏にそのショップは立っていた。

目の前にはコーヒーショップがある。

それほど大きいとはいえない店内に、CDがズラリと並ぶ。

洋楽からあらゆるジャンルが置いてあるが、そのほとんどがマイナーなものだった。

「へぇ〜色々とあるんだな」

神尾は設置してある視聴ヘッドフォンに手をかけると楽しそうに聞き始める。

伊武も店内を見て回る。

ふと、目に留まった一枚のCD。

「これ、俺の好きな歌手のだ」

伊武は人並みには音楽は聴くが、それほど好みがあるわけでもない。

ただ、この歌手の曲だけはどういうわけか気に入っていた。

「これ・・・欲しかったやつだ」

伊武は何だか嬉しくなった。

しばらくしてから神尾のところに戻ると、別の棚のCDを視聴していた。

「アキラ、いいの見つかった?」

ヘッドフォンを外して、棚を物色する神尾はとても嬉しそうだった。

「深司、いい曲揃ってて、迷うんだよ」

神尾は数枚手にしたCDを何枚買うか悩んでいるらしい。

全部買えばいいとは思うが、

月末の神尾の財布事情を知っている伊武にはその光景が何だか楽しかった。

「決まった?」

間を置いて声をかけてみれば、神尾はまだ悩んでいる。

「この二枚は買うつもりなんだけど、こっちも欲しくて・・・」

伊武は差し出された二枚を神尾の手から抜き出すと自分の購入分と一緒にレジに向かう。

「買ってあげるよ」

「え?ちょっ・・・深司」

レジで袋を別にしてもらい、それを神尾に渡す。

「はい、誕生日おめでとう。アキラ」

伊武は笑みをこぼしながら、そういった。

「ありがとう、深司」

神尾は満面の笑みでお礼をいった。

深司はその笑顔にドキッと胸が躍った。



店を出ると少し夕闇がかかっていた。

昼間の暑さも多少解消され、過ごしやすくなっていた。

すぐ側に小さい公園があったので、2人はそこのベンチに座り、休息をとった。

「アキラ」

伊武は神尾の名前を呼ぶと、そのまま神尾に口付けた。

神尾は手に持っていたペットボトルを驚いて落とした。

しかし、神尾は抵抗もせず、目を閉じた。

「ごめん・・・アキラ。急にこんなこと・・・」

2人の唇が離れると、伊武はつぶやいた。

「それでも・・・俺はアキラのこと・・・欲しいくらいに好きなんだ・・・」

いつになく真剣な伊武の顔に神尾は少し気圧されてしまう。

「ごめん・・・深司・・・」

「やっぱり・・・橘さんのこと好きなの・・・?」

神尾は橘のことが好きなんじゃないかと伊武は時々思うことがあった。

もともと神尾の橘の尊敬する気持ちが強いのも知ってたし、

伊武も橘にそういう気持ちもある。

その気持ちの延長線上かと思っていた。いや、思いたかったのだが。

「橘さんのこと尊敬してるし、頼れる兄みたいだし・・・好きだけど・・・深司のことも好きなんだ。
どっちかなんて・・・俺には選べない」

神尾は無意識に伊武の両腕を掴んでいた。

「アキラ・・・それって・・・」

伊武は果たして自分が思っているものと同じ<好き>なのかどうか疑問だった。

「俺・・・深司が俺を欲しいっていうなら・・・あげてもいい・・・でも橘さんにも同じ事したいんだ・・・」

2人を同時に同じぐらい好きになる。

そんなことが可能なのだろうか。

伊武はそう思いながら、自分には出来ないと苦笑いをこぼす。

「何だかアキラらしい・・・ね・・・」

伊武は静かにそうつぶやくと神尾をベンチに押し倒す。

「なら・・・今ここで・・・くれる?」

目の前に愛しい顔が自分をまっすぐに見つめてくる。

そのままの勢いで伊武は再びキスをした。

軽く触れ、唇を吸い、舌を絡ませる。

互いの息が荒くなるまでつづけた。

神尾の顔が赤く染まっていく。

「深司・・・好きにしていいぜ・・・」

そんな神尾の言葉に伊武の心は躍った。

愛しいアキラに触れ、すべてを求め、今手に入る。

「アキラ・・・」

伊武は神尾のシャツに触れようとした瞬間、橘の顔が浮かんだ。

スッと体を起こす伊武に神尾は不思議な顔をした。

「・・・フェアーじゃない・・・よね・・・」

「深司・・・?」

神尾も体を起こし、伊武の顔を見つめた。

「橘さんにも・・・伝えてあげてよ。アキラの今の気持ち・・・」

そしたら、対等に勝負ができるかもしれない。

橘さんには嫌われたくないから。

伊武はそう思った。

「深司・・・ごめん。俺がどちらかを選んであげられたらよかったのに・・・」

「アキラのせいじゃないよ・・・気にしてないから」

伊武は神尾の肩を引き寄せて、抱きしめた。

心の中でこれでいいんだ。と自分に言い聞かせるように、つぶやいた。





後日、部活で珍しいことが起きた。

「深司、俺とシングルしよう」

橘が伊武にそういった。

普段、監督と部長を兼任している橘はめったに部活で個人練習はしない。

しないというかできなかった。

それが、今日に限って誘われた。

「別にいいですけど・・・」

絶対にアキラ絡みだ。と伊武は確信しながら、コートに向かった。

「・・・神尾から今の気持ちを聞いた・・・」

「そうですか。俺も昨日聞きました」

伊武はそこまで言ってから、

橘さんと同じ気持ちですよ。多分・・・。

そう付け加えた。

「橘さん、負けないですよ」

「俺もだ」

2人の熱い戦いに神尾はハラハラドキドキしながら、見守っていた。

「橘さん、深司、がんばれっ!!」

神尾は珍しい試合に2人を応援した。






おわり